記録と語り 記録に残ったことと、後から語られた話を分けて見る

人物

豊臣秀吉とよとみ ひでよし

1537年(天文6)ごろ〜1598年(慶長3)

尾張の身分の低い家に生まれたとされ、天下人・関白・太閤にまで上りつめた人。このシリーズの主役のひとりです。

豊臣秀吉のイメージ
20代半ばの藤吉郎 ※イメージ 当チャンネルが画像生成 AI で作ったオリジナルの創作(フィクション)で、実際の姿を写したものではありません。

一呼び名の移り変わり

当チャンネルは、その時期の呼び名を使います。章の途中から見る人のために、初めて出るときは毎回「のちの○○」と添えています。

時期呼び名補足
第一章〜第三章 藤吉郎(とうきちろう) フルネームが要るときは「木下藤吉郎」。当チャンネルはこの時期を「藤吉郎」で通します
第四章〜 秀吉 第四章で羽柴に改姓。「木下藤吉郎秀吉 → 羽柴秀吉」
第十一章〜 秀吉(豊臣姓) 関白・太閤は肩書きとして使い、呼び名は「秀吉」で通します

「日吉丸」は幼名として使いません。同じ時代の史料に見当たらず、俗説として扱うためです。「猿」「はげねずみ」も呼び名としては使わず、逸話や史料を紹介するときだけ出典を添えて出します。

二史料での書かれ方

確かな記録に姿を現すのは、満28歳のときです。永禄8年(1565)11月2日付、坪内利定宛の文書に「木下藤吉郎秀吉」と署名があります(写しで伝わる)。原本が残る最古のものは永禄11年(1568)6月10日の連署状。

『信長公記』では、上洛前を記した首巻に一度も出てきません。初めて出るのは巻一、永禄11年の上洛戦(箕作城攻め)です。それより前の事績は、ほぼすべて秀吉の死後に書かれた記録によります。

三出てくる章

第一章「誰でもなかった兄弟」、第二章「兄に呼ばれた弟」